清流長良川の畔にたたずむホテルパークは、創業130年をむかえます。
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明治27年山岡良助・すみが名古屋の大須に旅館「明治館」をつくりました。 明治38年に焼失、代替わりし二代目山岡慶太郎・はまが、 大正5年に和洋料理の店、「八層閣」を展開した。 金の鍋と銀の鍋でだす牛鍋が一躍有名になり、行列のできるほどに大繁盛! 大正6年に、岐阜市長良河畔に「旅館 港館」をオープンした。 ここからが、岐阜長良川の宿のはじまりです。 大正10年に川端康成が3度訪れて、小説の舞台になっています。 |
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【二代目慶太郎・はま】 | 【八層閣】 | 【金鍋・銀鍋】 |
英語が話せる女将さん…はまは当時の岐阜市長の命をうけて、たびたび、通訳者として活躍したという。
昭和7年7月31日、3代目山岡良男・友子が港館を継承、 19歳で嫁いできた友子女将が、また新しい歴史を刻むことになる。 |
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【良男 出征】 | 【三代目良男・友子】 |
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終戦後の昭和21年6月1日、アメリカ進駐軍の将校官舎使用のため、
港館の全てを取り上げられてしまいました。
その間6年間は借家による仮営業をしていました
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昭和27年5月10日に、米軍接収解除、 12日は鰍ンなと館として、営業再開、新しいスタートをきった! 営業再開をにぎにぎしく皆様にお知らせしました。 |
長良川にはじめての鉄筋ホテルとして、 話題をよんだ。 バスの送迎がなかったこと、いち早く、 大型バスを購入岐阜駅にお客様に迎えにいった。 |
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【三代目 良男 息子 常男と】 |
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日本は高度成長期を迎え、時代を駆け抜けていった。
NHK大河ドラマ「国盗り物語」」の放映時は、40万人が岐阜につめかけ、
鵜飼観覧のお客様がところせましと長良川を彩った。
時代がかわり、数々あった旅館の灯がきえていきました。
今なお百年を超えたおもてなしで、おむかえするホテルパーク。
長良川で生きる誇りと、どんな厳しい時代にあってさえ、
お客様ひとすじに生きてきた想いは、今に受け継がれています。
ホテルパークは、今日も心からのおもてなしをお贈り致します。